第1話「おにぎり1つでできるサポートもある」
小川直樹(おがわ・なおき)
1965年生まれ、神奈川県川崎市出身。現・日本プロバスケットボールリーグ「横浜ビー・コルセアーズ」ゼネラルマネージャー。
学生時代からバスケットボールに関わり、「日本鋼管(現・JFEホールディングス)」時代には「日本リーグ」で2度の優勝経験を持つ。同社退社後、障がい者スポーツの指導に力を入れ、現在は日本FIDバスケットボール連盟理事長、IDバスケットボール日本男子代表チームヘッドコーチを兼任。
※ID=Intellectual Disability、知的障害者のこと
ジャパン・プロフェッショナル・バスケットボール(JPBL)の発表によれば、男子プロバスケットボールは2016年秋より、3部制のリーグに分かれてトーナメントを戦っていく模様。日本プロスポーツ界の新たな動きとして注目が集まるところだが、その一方で、地道な活動を続けてきたもう一つのバスケットボールがある。それが、知的障がい者によるIDバスケットボール。
2000年に開催されたシドニーパラリンピックで正式種目に取り上げられた男子IDバスケットボールだが、国内の注目度はまだまだ低い。今回の「STORIES」は、そのような状況に一石を投じようとしている小川直樹氏にスポットを当て、複数回にわたりストーリーを伺っていこうと思う。
関内の「さくらWORK」に氏をお招きして、インタビューを行った
「やってもらって当たり前」なのではなく
「やればできる」ことを知ってほしい
靴ひもを緩く結んでいたんですよね?
A) おそらく、普段の生活では、その方がスムーズなんだと思います。ボランティアの方にも、「この子たちは自分で結べないから、私たちが上手に調節してあげないと」という意識があったのでしょう。ストレートな表現をするなら、依存体質のような慣習ができあがっていたのだと思います。事実、選手といえども肥満体質が目につき、コートの半分を動き回るのが精いっぱいでした。試合ではなく、レクリエーション的な要素が強いと感じましたね。
Q) その後、レクリエーションで「よし」とされず、連鎖を断ち切ろうとしたと?
A) それが本来の姿だとは、どうしても思えなかったからです。また、2000年に開催される「シドニーパラリンピック」を控え、世界というひのき舞台を直接経験してほしいという想いもありました。そこはレクリエーションではなく、競技という勝負の世界だからです。そこで、当時順天堂大学運動生理学研究室に依頼して、定期的にアスリートが行う身体能力の測定を行ってみたのです。最初はもちろん「競技を行える身体ではない」との回答。ところが、食生活から見直しを始め、基礎トレーニングを積んでいったところ、世界がねらえる体質に変わってきました。いかに「やらない、やらせない」の世界に甘んじていたか、このことが物語っているのではないでしょうか。
スポーツのショービズ化という大きな壁を前に
社会が障がい者をいかに受け入れるか
国際知的障がい者スポーツ連盟 (INAS)に選手の登録申請を行いますが、IQは70前後が1つの目安になるのではないでしょうか。ただし、自閉症やアスペルガー症候群などの選手も含まれますので、IQだけで一律に判断されているわけではありません。
代表選手の多数は障がい者雇用を受け、就労している状況ですが、現実の社会は綺麗ごとでは済まない。現場ではいじめ、差別等も頻繁にあると思いますし、現に退職していく選手も存在します。
かつては、世間から隔絶された環境を作り、地域社会との交流もなく、彼らは生きてきた。然し現在は少しずつではあるが、地域との共生を図るようになってきている。一方、福祉の先進地域であるヨーロッパ、特にポーランドのバスケットボール代表チームは、街中に合宿所を設けています。仕事もそこから皆が別々の就労先に通い、帰宅後は練習が始まる。日本では中々考えられないことですが、社会に理解と関心があるんでしょうね。
Q) 日本がそうならない理由として、過保護に加え排他的な要因があるということですか?
A) 何とも難しい問題ですが、「姥捨山(おばすてやま)」のような文化があったことだけは確かです。また、スポーツのエンターテイメント化も関係しているでしょう。横浜ビー・コルセアーズの立場としてお話ししますが、我々が行っているプロバスケットボールの試合は興行なので、様々な要素が含まれ観戦されているお客様に楽しんでもらわなければならない。ビー・コルのゲーム前にはエキシビジョンゲームやクリニックも開催しています。エキシビジョンゲームでは年に数回、障がい者バスケットボールにスポットを当てて、出場してもらっています。車椅子バスケ、IDバスケ(知的)、デフバスケ(聴覚)などですが。ところが一般的には、ジュニアチームなどの健常の子どもたちが出場するほうがウケる。でもスポーツ本来の目的って、健全な心身を育てることでしょ。エンタメ目線で見られると、こっちもつらいんですよね。「小川は、障がい者を見せ物にしているのか」って。そうじゃないんです。「すごいプレーを連発しているけど、あの団体は誰なんだ」「なかなかやるよね」。そうやって間口を広げていって、一人でも多くの人に関心を持ってもらいたいからなんです。
同じバスケットボールを愛するものとして障がいの有無は関係ないと強く思うのです。
対岸の火事ではなく、「我が事」として捉えたときに
日本の進むべき将来が見えてくる
Q) スポンサーや支援の状況はどうですか?
A) 入口としてはCSR(企業の社会的責任)になるのでしょうが、どうしても「見返り」を求められる部分がありますよね。もちろんなかには、「デンソー(本 社・愛知県刈谷市)」さんのように、純粋な支援をしてくださる企業もあります。ただし、こちらとしても「サポートをお願いします」の一点張りじゃ、ダメだ と思うんですよ。それだけでは、「当社が出資するメリットって、何でしたっけ」の壁を乗り越えられませんから。その意味でチャンスなのが、2020年に開 催される東京パラリンピック。これを契機に、一過性で終わらないようなスキームを整えていくことが、いまの課題です。日本人はブームが好きですから。
Q) ずばり、企業や市民にできることとは?
A) まだ模索中なのですが、「福祉の充実」をフックにしたいと考えています。東京パラリンピックの5年後には、団塊の世代が75歳を迎え、4人に1人が後期高 齢者という時代がやってきます。医療や介護の体制を整えておかないと、受け入れ体制が間に合わなくなるわけです。であるならば、障がい者も、同一線上で考 えられないかと。自分の将来に備えることが、結果的に差別や偏見のない日本を作る。これなら、CSRと出資メリットが一本のラインで結びつくじゃないです か。もちろん、お金の話に限りません。地域の暖かい支援も必要です。「あの選手たちのプレイが見たいから、おにぎりを作って試合に持っていってあげよう」 なんて、大歓迎ですよ。まずは、見に来て、知っていただき、理解をしてもらうことが重要だと思っています。
Q) 最後に、横浜の読者に向けて一言お願いします。
A) そうですね、「横浜ビー・コルセアーズ」の話題にしましょうか。2016年の秋からになりますが、JPBLが新たに立ち上がり、3部制のリーグ編成で進め ることが決まりました。Jリーグと同様に、入れ替え戦も予定しています。1部リーグの選考基準としては、年間5億円以上の売上げ、アンダーカテゴリーの有 無、ファンの数など。なかでもネックなのは、「5000人以上収容できるホームアリーナで8割以上のホームゲームを行う」こと。そこで横浜市と協議の末、 「横浜国際プール」の施設を使わせていただくことが決まりました。まだ1部になれるかどうかは未定ですが、「横浜は、試合に強いだけじゃなく、人にも優し いぞ」という路線を打ち出していきたいですね。人は財産ですから。ぜひ、応援とご支援をお願いします。
2015年8月6日インタビュー
日本FIDバスケットボール連盟 公式サイト http://www.jfidbf.org/
横浜ビー・コルセアーズ 公式サイト http://b-corsairs.com/